福島 雄裕(平成18年卒)
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ホッケー部創部90周年、誠におめでとうございます。残念ながら式典には参加できませんでしたが、1926年(大正15年・昭和元年)からつづくホッケー部が100周年に向けてバトンをつなぎ、これまでの多くの諸先輩方や関係各位が作り上げてきた伝統とともに発展していくことを祈念しています。
私の近況は相変わらずホッケーに囲まれています。幸いなことに、これまで多くのホッケー関係者と知り合うことができました。2010年にマイホッケーを作りました。2014年にはホッケー普及のためのNPOも作りました。2015年からはホッケー日本リーグ機構の理事をしています。平日は企業へのコンサルティングの仕事をしながら、昨年からは日本トップリーグ連携機構の事業推進委員を、今年はJOC(日本オリンピック委員会)の国際人養成アカデミーなど、多くのスポーツ界のみなさんと過ごすことができています。2020年東京五輪を「ホッケー普及の最後のチャンス」と捉えてそれまでに出来ることはすべてやる、という意気込みで毎日を過ごしています。
さて、2016年はリオ五輪がありました。ホッケーの女子代表は4大会連続でオリンピックに出場しましたがメダルには遠く、男子はオリンピックに出場し勝ち上がるにはなかなか厳しい状況です。どうしても短期的な選手選考や結果ばかりに目が行きがちなのですが、選手の育成と国際舞台での活躍は一朝一夕にはいきません。まずビジョンやミッションといったゆるぎない軸をつくり、そこから長期的な目標に落とし込んでいく必要があります。
大学のホッケーも毎年選手が入れ替わりますが、ホッケー部としてのビジョンやミッション、平たく言うと「ホッケー部として大切にしていること」をOBGと現役とともに考え、掲げる時代になってきたのではないでしょうか。時代と世代を超えての共通の価値観や共通の認識を持つことで、ゆるぎない軸を作り、さらにホッケー部が発展する第一歩になると考えています。
京都大学ホッケー部は大学からの補助とOBGの援助と学生の自己負担で成り立っています。100周年に向けてもう一歩も二歩も進んだ組織にするためにも、また、長期的な視点を持つためにも、法人格を取得し運営体制と財政基盤を確立し、京都大学ホッケー部は、日本のホッケー界の中でも、大学スポーツ界の中でも、模範となっていくべき存在かと思います。もちろん、組織だけでなく、OBGや現役も含めて中身も。
最近、起業家や役員の方々と話をしていて改めて思うことは、築き上げられたものに固執する人は結局、自分を成長させるということに対する優先順位が低く、トップに立ち続ける人たちは新しいことに挑戦する意欲と何かを生み出そうとする創造力で次々に行動を起こしているということ。今まで積み重ねてきたものが大きければ大きいほど、変えるのが怖くなりますが、企業と同様、大切なのは変化対応力ですので、100周年に向けて、私たちは、ぜひとも後者でありたいですね。
以上